
夏だね!ということで鮎が来ました。ついでにイワナとヤマメのいい型も一緒で、もう、最高に、幸せ。
例によって狭い庭に七輪を出して炭焼きだ。で、焼いたらすぐ食べちゃってはっと気がついたら、写真を撮らなかった…
仕方が無い、炭の中に入れておいたジャガイモの写真でも撮るか…
ちょこっと濡らした新聞とアルミホイルで包んで、焼けた炭の中に投げ込んでおくだけだがけっこうおいしい。
ふうふう言いながら割って、マーガリン(バターなど無いので)をのせ塩を振り、皮が焦げるので、スプーンでほじりながら食べる。
けっこう大きいイモでも、魚が焼蹴るのを待つうちに焼けるよ。

毎年初夏に、バジルの苗を一つ買ってくる。…庭に植えたり、鉢に植えたりそのたび色々だが、この外国産のシソのような葉っぱが、けっこう使える。
昔むかし、10代の終わりころに駅前の翁堂で初めて食べた「バジリコスパゲッティ」なるものにカルチャーショックを受け(葉っぱだけ!?と半信半疑で食べたらものすごく美味しかった)家へ帰ってシソでやって「なんだ…近いジャン。」とは思ったものの、やはり何かが違う。そう、あれは葉っぱだけではなかったのだ。
朝ごはんに食べる温泉たまごに飽きたのと、朝っぱらからこの日は元気だったので、「今朝はゴーカだぞー」と得意げに出したらよしよし、評判も上々。
…何のことはない、オムレツを作る時最初にひくバター(…わが家はマーガリン…)をオリーブオイルに替えて、にんにくとバジルを刻んだのを炒め、夏はだいたい大量にあるトマトも刻んで入れ、塩こしょうをしてといた卵を流して卵とじ風に焼いただけなんだけど。
このメニューならサラダもいらないし?あとはパンと牛乳でオッケィ!

夏の楽しみのひとつ、私の大好物「いんげんの天ぷら」。
このポピュラーなインゲンは毎年実家で作るので、もらってきてはみんな揚げて食べる。
粉はちょっぴりで、揚がったら牛乳パックを開いてコート部分をはがした「リサイクル天ぷら紙(これが最高の油きり紙で、手放せません)」に乗せて油を切り、揚げたてに塩(これでなきゃ!)を振り、ビールを片手に揚げながら食べる。
揚げたてをしばらく楽しんだ後で、「つまみ食いに来ーい!」と台所で叫び、「うわーーい」と駆けつける子供と争ってつまみ食い…そんなことをしているうちになんとなく、いつも食卓に並ぶ前になくなってしまう。…だから太るんだな。気をつけよう。

みんな大好き、春雨サラダ。
和え物やサラダを私はビニール袋で作る。生のまま出すよりも、サラダは切ってドレッシングであえてから出すと、子供も良く食べるので、私がサラダを盛り付ける時はたいがいビニール袋の中から出てくるのだ。…で、これもそう。
茹でなければならない春雨はさすがにそのまま水を切って袋の中、と言うわけにはいかない。…もちろん、熱すぎちゃって。
そこでまず、きゅうりやらにんじんやらピーマンやらハムなど、刻んだものをざるに入れておいて、茹で上がった春雨をこの上にあけてしまう。このやり方がいいのか悪いのか知らないが、本人は野菜をついでに湯通ししているつもりなのだ。
ざるのなかで春雨に鋏を入れ(キッチンバサミですよ)さっと混ぜて、少し置けばあら熱もとれるので、ここでビニール袋に入れる。入れたらすぐに常備してあるドレッシング…というかたれ(酢、醤油、ごま油を混ぜたもの)をジャジャっと入れて、ぐるぐる混ぜて、冷凍庫から保冷剤を出してきて、その上に乗せて冷やす。たまにあっちむけたりそっちむけたりすれば、割とすぐに食べ頃に冷める。
なんとなく湯通しした方が、野菜にも味がしみ込む様な気もする。
使う袋は、ジップロックなんてもったいないので、よくスーパーにタダで置いてあるようなビニール袋の大入りの物を、もちろん買ってきて使っている。
袋の良いところは、洗い物が減る事と、残った物をいちいち移さなくても済む(口を縛ってそのまま冷蔵庫に突っ込んでおく)事。
きゅうりなど生野菜でツナサラダを作る時なんかもビニール袋。残ってもラップもいらない。あ、袋は大きめの物でないと混ぜられないので、ここはケチらないようにしている。

バラの写真を撮らせていただいている、私のバラの先生・ハンドルネーム「バニラ(飼っている猫の名前)・ママ」から『生ったのよ~!杏だったよ。』と、あんずジャムをいただいた。
『ねえこの木、梅かなあ、杏かなあ?』とママに聞かれたのは、春頃だったか。「えーと、わかりません。」と答えた私。ごめんなさい。いやほら、”梅杏”てのもあるわけで…。
「わーい、杏ジャムだー!嬉しい、ありがとうございます。」基本的に私は甘いものは苦手なので、ジャムと名がつくものは買わないのだが、実は杏ジャムだけは大好物なのだ。

その昔、私が生まれた家には大きく育った杏の木があって、実が生ると母が杏ジャムを作っていた。
その杏の木は子供の背丈より低いところで二股になっており、当時小学校低学年の私でも足をかけて簡単に木に登ることができた。
私は読めもしない「風の又三郎」の文庫本を父の本棚から持ち出し、杏の木に登って下の道を行く近所の子供たち(自分も子供だ)を睥睨しては、一人悦に入っていたのだ。
その思い出は、いじめられっ子だった私にとっては良い部類に入るらしく、郷愁と共にそのときの情景を蘇らせては、ニンマリしている。そして同時に、あの日、木の上で嗅いだ葉擦れの青臭い匂いと、むき出しの手足に痛いざらざらした幹の感触も思い出す。
私が生まれる直前に亡くなった祖母が植えたその杏の木は、我が家の借金返済のために生家を手放すと決めた時に、枯れてしまった。
そんなことを思い出しつつ、マーガリンをたっぷりぬったパンに杏ジャムもたっぷりと挟み、サンドイッチに。
酸味と香りがある杏ジャムは、クリームチーズにもとても良く合う。でも私が一番好きなのは、このマーガリンと杏ジャムのサンドイッチだ。
杏の木は無くなっても消えない想い出を、甘酸っぱいサンドイッチを噛みしめながら、しばし楽しんだ。

10日に1回は、餃子を作る。最近はもっぱら、水餃子だ。…ずくなしの私が皮からこねる訳がなく、作るのはむろん中身の具だけ。
昔は焼き餃子オンリーで具やその味付けにも相当凝っていたが、今ではものすごくシンプルなひき肉とニラのみ(味付けも塩コショウ、ごま油少々に砂糖ひとつまみほど)。ニラを切ってひき肉と混ぜるだけなので、これも超スピード料理だ(短気の私は包むのにイライラするけど)。
いつも冷凍庫にバラ凍結の豚ひき肉が常備してあって、餃子の皮もまとめ買いして冷凍してあるのでニラさえあればいつでも準備OK。
包んでいる途中で大きくて深いフライパンにお湯を沸かし、包み終わった餃子からぐらぐらのお湯の中にぽんぽんと投げ込んでゆく。
餃子が浮いてぐつぐつしたら網お玉で取り出してあつあつを食べるのだ。

たれも醤油と酢とごま油少々を空き瓶(焼肉のたれなんかの注ぎ口がついているあれ)に適当に入れ、シャカシャカ振って食卓へおいておく。真夏はかなりすっぱくても食べられる。
↓ワンタン風に、スープ餃子にすれば水ぶくれでおなかもいっぱい(笑)。

夏はビールがすすみます。🍺

今から20ン年前、私が当時住んでいた立川市は、米軍基地のある福生のとなりということもあってなんとなく異国の雑多な雰囲気のある町だった。
アメリカンハウスも多く、そこに住む画学生や作家も多くいた。…私の住んでいたアパートもなんとも不思議なところで、木造の建物で上下に上げ下げする縦窓があった。もちろんトイレは共同で汲み取り、流しも共同。お湯なんて出ない。
当時の私には壮大な夢があり、そのために英語をしゃべれるようになりたかった。…そこでアパートの近所にあった英会話教室の看板を見て安易に飛び込み、教えを請うた。
先生は女の方で、日本人。ご主人が福生の基地で働くアメリカ人だった。
週一回のレッスンで、どのぐらい続いたか覚えていないが、英語のレッスンよりもよく覚えているのがこの先生の家庭の雰囲気だ。
それは田舎育ちの私にとって、何もかもが珍しかった。まずご主人が帰宅すると先生は真っ先に「ハ〜ィ、〇〇(ご主人の名前)」と彼をハグし、キスをする(もちろん、口に)。キスシーンを生で見たことのないイモ学生の私はどういう顔をしたらよいのかわからず固まっていたと思う。
ご家族の会話はすべてアメリカン・イングリッシュ(日本語は使わない)。先生の爪は驚くほど長くて、いつも不思議な色のマニュキュアが施されている。…レッスンをしながら、よく爪の手入れもしていた。
「先生」ではなく、私のことは名前で呼んでね。とおっしゃるので私は彼女に呼びかける時Emi、と言わなければならなかった。西洋圏ではそれが当たり前なのだ、と思いつつもいつまで経っても慣れなかった。
彼女に「ホームパーティーにいらっしゃい」、と誘われてお邪魔したら、でっかいオーブンででっかい肉の塊を焼いていた。オレンジのいい香りがする牛ひれ肉のローストだった。
…そんな先生に作り方を教わったのがこの「コールスローサラダ」。
ケンタッキーのコールスローサラダが好きな私が、どう作っても同じ味にならない、と言うと教えてくれたのだ。
それからなんとなく、懐かしさもあって私がつくるコールスローはいつもこのやり方だ。
1.キャベツとニンジン適宜を好みに刻み(私は雑な千切り)大きめのボウルに入れる
2.1に塩を振り手でよくもむ
3.出てきた水気をぎゅぅーっと絞って捨てる
4.そこに酢、砂糖少々(これがポイント)、マヨネーズを入れ混ぜ合わせる
これでケンタッキー…じゃないアメリカンコールスローの出来上がり。
当時の「夢」はその後萎み、消失してしまったが、このアメリカン味のコールスローサラダを食べると、今はもう無いアパートの部屋、先生の顔、色々なことを鮮明な映像で思い出す。
夢いっぱいの10代の、思い出の味。